それから二人はずっと黙りっぱなしで、微妙に気まずい雰囲気のまま帰ってきた。
 夕食の席でもその空気は持続され、トリスはあまり夕食を食べられなかった。
 ちらりとネスティの席を見るが、彼はもうとっくに食事を終わらせて部屋に退散している。
 深くため息をつくと、ミニスが心配そうに顔を覗きこんできた。
「顔色、悪いよトリス。大丈夫?」
「ん、平気……」
「でも、こんなにご飯を残すなんて、らしくないですね」
 と、トリスの皿を見てアメルが言う。
 返答に困っていると、ミニスが意地悪そうに笑った。
「あ、ひょっとして男の子の事で悩んでるんでしょ!」
「な……」
「あーっ、図星なんだぁ?」
 一斉に周囲の人々が反応する。女性はトリスの周囲に集まり、男性は耳に全神経を傾けさせた。
「あ、あの、男の子のって訳じゃないけど……悩みはある、かな?」
 途端
「どうしたのですかトリスさん! 相談ならこの私にお任せを!」
 疾風のごとくシャムロックが割り込んできた。ちゃっかりトリスの手を握ってたりなんかする。
 出遅れたリューグが悔しそうにしている。
 さすがは自由騎士。移動力4と不動の精神は伊達じゃあない。
 だが、しかし
「はいはいはい。シャムロックさんには悪いけど、トリスの相談には私達が乗ってあげるから」
「そうそう、微妙なオトメゴゴロってのは同じ女の子同士じゃないと」
「何すんだよ、コラ!」
「うるさいねえ、さっさとお退きよ。通れないじゃないか」
「え? え?」
 うろたえるトリスの手をがっちり引いて、好奇心に目をぎらぎら……もとい、きらきらさせた自称「オトメ」達は女性部屋へと消えた。
 後に残されたのは、波に乗り切れなかった男達。
「何処の世界でもゴシップは怖いもんだねえ」
「ま、若いってのはいいことだってゆー事さ」
「……つまり何? トリスはネスティの気持ちが気になってるけど、怖くてネスティの気持ちが聞けないって事?」
 部屋に鍵掛けて、トリスを囲んで半ば強制的に喋らせて。
 話が終わった後で一番最初に発言したミニスはそう言った。
 その声にこもるのは呆れ。それは、この部屋にいるもの全員が目つきやら態度やらで表すものと同じだった。
 トリスにとっては深刻なこの不安。しかし頭に桃色恋愛フィルターがかかった彼女らからすれば、それはルウの食べたクレープも裸足で逃げ出すくらいに甘ったるいおノロケか、痴話喧嘩にしか聞こえない。
「いや、ミニスの言う通りなんだけどそういう意味じゃなくって」
「じゃ、どーゆー意味なのよ」
「それは……もうちょっと、深刻なニュアンスかなー、って」
 だんだんと小さくなって行くトリスの声に、ミニスは吐息。
 「やってられるか」その言葉がその中に如実に込められている。
「あーもう、なんてゆーか……」
 どうでも良さそうにモーリン。その表情はバカップルを眼にした時のそれ。
 この時の彼女等の心境は、次のケイナの一言に集約されていた。
「ごちそーさま、と……」
 その時、閉められた扉がノックされた。
「おーいケイナぁ、行くぞー」
 フォルテだ。
 最近二人は夜の酒場などに出かけ、黒の旅団の情報を集めているのだ。
「あ、ちょっと待って!」
 慌ててケイナが立ち上がり、場にもお開きの雰囲気が漂いだした。
 皆が自分の部屋に帰る中、トリスも立ち上がる。
 がっくりと肩を落としつつ、自分の部屋へと歩いていると、ふと目の前に影が落ちた。
 顔を上げてみると、影の主は目の前に立ったリューグだった。
「よぉ……」
「どうしたの? リューグ」
 何時になく神妙な表情の彼に訝るトリス。
 リューグは、目をさまよわせて落ち着かない様子だったが、やがて、思い切ったように口を開いた。
「少し、外に出ないか?」

ーNEXT−